トルコ地中海沿岸地方、自分を癒す為のワークの旅 パート5

1月中旬から始まった旅は呼吸を使ったトラウマワークの為のものでしたがそれ以上の最高のギフトが詰まった体験の旅となったのは確かです。

 

 

私が訪れた場所はトルコには沢山の遺跡が残るヨーロッパ、イスラム、アジアの交流地点、古くから日本にも縁がある国です。

 

 

温かいエーゲ海地中海沿岸地方の美しいコバルトブルーのある海岸線や村には沢山の遺跡と宝物が埋もれているような神秘的なエネルギーに満ちあふれていました。

 

 

そこで私が見つけた、この土地の宝物をご紹介していきます。トルコの人々は豊かな土地の素晴らしい産物を生活の中に取り入れ、神話や遺跡と当たり前のように共に日常生活を送っています。

 

エーゲ海、地中海沿岸の中心の街は神々からのギフトがいっぱい

癒しの旅で参加したリトリートの海辺の街は夏のバカンスシーズンになると英国から大勢の家族連れで賑わうトルコの南西部のフェティエ(Fethiyeの街。

 

 

街路樹にはオレンジの樹が植林され、まるで古い絵本の中にで出てくるようなオレンジの香りがほのかに漂っているような並木通り。

 

 

この地域の家庭の庭にはサンサンと太陽の光を浴びたレモンオレンジの木があり、好きな時に実をもいで食べれる贅沢な光景が見られます。

 

 

またこの海沿いの殆どの家の屋根には太陽光熱発電のソーラーシステムがあり、いかに偉大な太陽の自然エネルギー光の有難さをシャワーを浴びるときに感じられます。

 

 

地理的にトルコ共和国の南西部、地中海地方のフェティエ(Fethiyeの小さな街は, ムーラ県(Fethiye, Mugla Provinceにある都市でこの辺りは紀元前から繁栄していた場所です。

 

 

 この近代の名前のフェティエの街は、大昔、エーゲ海地方のフェティエ湾にある繁栄したリュキアの中心、最大古代都市のテルメッソス(カリア)Telmessosと呼ばれていた遺跡の中にあります。

 

 

フェティエの街を見下ろす山沿いには紀元前約400年頃前のリュキアの王たちの墓や遺跡が至る所にあります。市内からはヘレニズム時代の劇場跡や遺跡もみるこができます。

 

 

街はモダンと古代が美しく出会う両方を味わえるところです。この街で一番目に付くの街の背後の崖の正面に紀元前350年の墓です。

 

 

 

道の真ん中や至る所にリキュアの遺跡が残り、岩のお墓が見事です。このように街の遺跡跡はごく自然に人々の生活の中に溶け込んだ見慣れた風景なのです。

 

 

この街はヨーロッパとアジアを繋ぐリキュア同盟の中心都市として栄えていた紀元前4~5世紀にさかのぼります。

 

 

古代ギリシャローマ帝国、ビザンチン帝国などの興亡があり、1424年にオスマン帝国に合併されたのでした。その後も様々な民族がフェティエの街の周辺に見ることができました。

 

カヤキョイの街

 

フェティエの街から車で30分程、山間を超えていくとその間から、見えてくるそれまたどのかな街カヤキョイが見えて来ます。

 

 

村の向こうに見える山のすぐ裏は美しいエーゲ海・地中海となっています。太陽の光はこの廃村を守るように照りづつけて見えます。

 

 

街は廃村とも言われていています。女性達の姿は外ではあまり見られませんでした。そしてこの街の賑わっていた唯一のカフェの古代から残る美しい遺跡に手を加えた建物をそのまま使ったカフェです。

 

 

 

この村で見た景色の中には男性が多くみられました。彼らはお茶をしながら語らい、ゲームをしてゆったりとした時間をすごしていました。

 

 

この国で印象に残っている風景の中に男性が外でお茶、チャイを飲む風景です。これはフランスのマルセイユを旅した時にも見た風景と重なりました。

 

 

まだ男性性の強いイスラムの国を思わせる風景であり、独裁政権下のトルコを印象つけるようなワンシーンを見たと思います。

 

 

 

ここカヤキョイの村は20世紀の初頭まで、3000軒もの家が立ち並び、ギリシャ系の人々が入植して暮らしていました。村の跡地にはギリシャ教会の跡も残っていてミュージアムカフェとなっています。

 

シーズンオフともあり、静かな村のカフェやお土産屋レストランがギリシャ移民の廃墟跡の土地にかれらの夢や希望がいまだ漂っているように村人の姿がギリシャ人に見えました。

 

 

実際にも、この地方の人々の中には、実際にギリシャ人の血が流れていると教えてくれた人もいました。

 

 

1922年ギリシャトルコ戦争が勃発し、翌年締結されたローザンヌ条約で、トルコ領内のギリシャ人とギリシャ領内のトルコ人の住民交換が行われることになり、住民交換によってギリシャ人が移り住むことになりました。

 

けれども多くのギリシャから移住したトルコ人たちは、この地の暮らしになじめずに去っていったそうです。

 

 

オルデニズ(死の海)とババダ―(ババ山)

 

フェティーエから25km、カヤキョイの村から車ですぐの場所に森に囲まれた透明なトルコブルーの海はトルコ一の海水浴場と呼ばれるそれは美しい海岸ビーチがあります。

 

そこはエーゲ海や地中海で休暇を過ごす為にヨーロッパ英国人の避暑地の最適の場所となっていて、夏になるととても賑やかになる海辺です。

 

 

このフェティエのあるムーラ県は自然に恵まれていて、山と海の両方があります。オルデニズの海岸の脇には2000メートル級の山々ありスカイライダーのメッカになり世界大会の会場にもなっています。

 

 

 

ババダから見る素晴らしい景色はデニズの白い砂浜と樹々で覆われたビーチとターコイズブルーに輝くエーゲ海、地中海沿岸線と入江になっています。

 

 

オルデニズの西側は森に囲まれたラグーンとなっているが東端まで続く白い砂の海岸はとても美しい。死の様に穏やかな海という意味オルデニズと呼ばれています。

 

 

トルコのムーラ県のフェティエの街、カヤキョイの村、オルデニズは私が知らなかった沢山の自然の愛と癒しにエネルギーに溢れた場所でした。

 

 

独裁政権というと私が住んでいたカリブ海のイスパニョーラ島のドミニカ共和国の隣の国のハイチ共和国を思い出します。

 

 

実際に住んでみると恐らくまた別の顔も見えてくるかもしれませんが、この国が独裁政権だなんてこの場所にいたら感じられませんでした。

 

それだけ豊かな自然に恵まれた神々が好んで住んでいた土地なのだとここを訪れた人ならば誰でもわかるでしょう。

 

もっともっとトルコには私が訪れていない場所もありますが、次はこの土地の農産物を売っている週に二回開かれているマーケットを紹介します。

 

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